売り手市場がここ2年くらい続いている。今週のカンブリア宮殿 でも、新卒の売り手市場の話が話題になるくらい。マスコミが取り上げるということは、本格的な「超売り手市場」なのか、それとも、そろそろ売り手市場もピークアウトするということなのか・・・

”経営のプロ“を目指す人々の中途市場もにおいても、異変が起きている

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優秀な人材が市場に出て来にくくなってきたのは、今に始まったことではない。潜在転職層*を顕在化する、という関心喚起が今まで以上に必要となってきている。弊社でもこの関心喚起活動にますます注力することとなる。

*潜在転職層=「より成長できる良い機会」があったら「いつか」転職を検討してみたいという志向の人材セグメント

が、異変、といっているのはこの動きのことではない。「オファー辞退急増」という現象こそが、今起きている異変である。

関心喚起し、個人の志望度をあげ、面談を重ね、企業と個人双方の期待値が合意、「いざ、オファーレターにサイン」という場になって・・・「辞退」。この率が増加しているのが、異変である。

ちなみに今までは、オファー辞退の主な理由は、以下のようなものであった。

  1. 上司から強く慰留され、(社内異動や昇進を持ちかけられ)会社に残留
  2. 転職することを友人やメンターに相談したところ、「それなら自分と一緒にやらないか」と強く誘われ、そちらに行く(← ヘッドハンター的には、せっかく関心喚起をしたのに「鳶に油揚げ」・・・本当に手痛いです(涙))
  3. 他のオファーとの比較検討の結果、自分にとってより魅力的な他のオファーを受諾
  4. 自分の志向・適性を再度、冷静に考えなおしたところ、この機会ではないとの結論に至る


しかしながら、今、起きている異変は上記の理由ではなく、「家族の反対を説得できないため」という辞退理由が急増していることにある。特に多いのが、「配偶者(特に奥様)、配偶者の親」の反対。私はこれを「影のステークホルダーの逆襲」と呼んでいる。

特にここの所、転職と結婚のタイミングが重なるような候補者も(なぜか)多く、配偶者の親が反対していて説得できず「辞退」という事例も増加している。

経営者の中には、「家族も説得できないようでは、仕事上でもヒトを動かすような仕事はできないだろうから、そのような人は、こちらからも願い下げ」といい放ってしまう企業もおありのようである。しかしながら、せっかく多額の採用コストをかけて相思相愛の状況まで持っていった候補者を、最後の最後で逃すことは、どう考えてもモッタイナイ。

今、この異変が起こっている理由とは何だろうか。

このブログでもよく書かせていただいているが、”経営のプロ“を目指される方々は、「早回しで成長できる機会」「修羅場で経験を積める機会」「素晴らしい経営者の側近で働ける機会」など、稀少な「経験を買う」機会の獲得を希望しているケースが多い。

一方で、景気も回復してきており、年収レベルも全体的に回復傾向にあることから、ご家族的には今の環境に「不満はない」というケースが多いのではないだろうか。したがって、ご本人が「経験を買う絶好の機会」と思っていても、ご家族としては「年収ダウン」「企業のブランド認知の低下」「安定性への不安」「多忙さへの不安」が、懸念事項となり「反対」にまわることは想像に難くない。表にすると↓のような感じ。

       本 人                   家 族            
新しいことにチャレンジする期待     <   現状維持することの楽さ
成長を感じられない不安・喪失感       <   新しいことにチャレンジする不安

私の仮説は、景気回復という環境下、上記表の「本人」と「家族」の志向のギャップが拡大しているのではないか、というもの。

もちろん、その企業・案件に対する情報格差が一番のギャップの原因であることは間違いない。しかしながら、少し安定してきた時代だからこそ、キャリア観・志向、といった部分について、個々人の持つ「価値観」の格差が拡大してきているのではないか、そして家族だからといって必ずしもその価値観を共有しているとは限らないのではないか、というものである。

 

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私たちヘッドハンターは、候補者に最初にお会いした時点で、その方の意思決定方法を探ろうとする。今までの転機において、どのような方法で意思決定してきたか等を質問し、意思決定方法のパターン、その背景にある価値観、を抽出するようにしている。

ただ、最近はコレだけでは十分ではないと思っている。上記のように、意思決定の「影のステークホルダーがだれか」を探ることも、今まで以上に重要になってきているのではないか、というのが現在の肌感覚である。意思決定に重要な影響を与える人はだれか、どんなイシューがありそうなのか、を事前に想像し、仮説を持って情報提供をしていくことが必要になるだろう。

個人のプライバシーに深く関連する部分なので、あくまでも「差し支えない範囲で」伺う必要があるが、ご家族の状況・財務状況など(転勤可能性、住宅ローンの有無、養育費・高額な学費の必要性等々)についても、伺える範囲で伺うようにしている。弊社のように、候補者の方と長い間お付き合いをし、キャリアについて定点的にご相談にのる、というスタイルであれば、候補者と信頼関係を構築することができ、こういった部分についても伺うことが可能となる。

日本のビジネス慣習では、特に個人的な金銭に係わる部分については、最後までなかなか切り出されないことが多い。転職活動の場でも、オファー条件が出たところで、双方の期待値の相違に驚愕する、といったこともないわけではない。特に、既存のポジションではなく、「経営者のポジションを創りだす」といった際には、企業側にも個人側にも「ものさし」がない場合が多く、期待年収に乖離が見られることも多い。

 

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上述のように、せっかく(経営者の時間的コストも含め)採用コストをかけて、オファー提示までいった候補者に、候補者のステークホルダーの説得も含め「気持ちよく」入社にいたっていただくためには、企業側は今まで以上に、「影のステークホルダー」対策を考慮することが必要になってきている。

具体的には、上述の意思決定のキーとなると思われる事象において不足している情報や、懸念事項の要因になっていると思われる点についての仮説を持ち、それを打破するような情報提供をしていく、という打ち手となる。すべてにおいて、「情報格差」がキーワードになるため、候補者及び影のステークホルダーの意思決定にとって「有益な情報」とは何か、という仮説を常に考え、提供していくことが必要になる。

例えば、べンチャーというものに対する不信感、株主(例えばファンド)に対する懸念、業界に対する不信感、経営者に対する不信感、ビジネスモデルに対する不信感、といったものを覆すための情報を逐次提供していくこと、またそれを候補者がステークホルダーに対し説明しやすい形の情報提供といったものが必要となる。

経営者、会社側は「暗黙の前提」と思っている事象についても、実は候補者やステークホルダーが正確に理解できていないことも多い。こういった事象を明確に説明することだけで、候補者・ステークホルダーの安心感を醸造し、オファー受諾の歩留まりを上げることもできるのである。

弊社でも、候補者の方が家族会議で説明されるための資料を作成したり、場合によってはご家族に対してお電話で説明をさせていただいたり、というケースで成功を収めている事例も出てきている。
 

どうやら、新卒採用の世界でも同様の事象がおきているようであり、各社は、親に対する会社説明会や、社長本の発刊、社長のテレビ出演など、様々な手法で「影のステークホルダー」への情報提供方法、信頼度の醸成、を画策しているともいえる。

中途採用市場においても、マス向けの打ち手である必要はないものの、企業側からの(あるいはエージェントを介しての)「情報格差を埋めるための努力」が今まで以上に重要になっている、ということを指摘しておきたいと思う次第である。

グロービス・マネジメント・バンク 
代表取締役 岡島悦子 

代表プロフィール

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岡島悦子(おかじまえつこ)

プロノバ 代表取締社長/
ユーグレナ 取締役CHRO

経営チーム強化コンサルタント、ヘッドハンター、リーダー育成のプロ。
「日本に"経営のプロ"を増やす」ことをミッションに、経営のプロが育つ機会(場)を創出し続けている。

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