まだ日本では馴染みの薄い用語である「カーブアウト」。


先週金曜日、 このカーブアウトを取り上げ第5回「経営のプロ」へのキャリアセミナー を開催した。

事例としてウィルコム、ユニバーサルソリューションシステムズの2社をとりあげ、各社の経営者とスポンサーファンド(カーライル、グロービス・キャピタル・パートナーズ)とのパネルディスカッションを行った。


盛り沢山の内容のセミナーであったため、セミナーでは語りきれなかった「カーブアウト型独立のキャリア上の意味」について、ここでもう少し掘り下げて整理してみたいと思う。セミナー参加者の方にも、参加できなかった方にとっても、有益な情報となればと思う次第。

 

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「事業や技術を企業から切り出し、外部資金を投入して、戦略の自由度を高め、事業の成長を加速させる」というのが、一般的なカーブアウトの定義。

「親会社、ファンド、事業責任者」の3者にとって、いかにWin-win-winの関係を構築できるか、が良いカーブアウト案件を組成できるか、のKSF(Key Success Factor)となる。

親会社にとっては、売却益による収益アップに加え、経営資源をコア事業へと再配分できるオプションである。

また、ファンドにとっては、(成長性の見込める事業・技術であれば)、ゼロから事業開発を行う企業に投資するよりも、短期間に価値創造支援をし、収益確保をできる可能性の高いオプションである。

では、「事業責任者=個人」のキャリアにとっての意味合いはどうだろうか。「起業を考える個人」との比較で考えてみたい。

 

【カーブアウト型独立のメリット】

起業する場合、通常、経営者はゼロから事業開発も組織開発も行っていかなければならない。技術系のベンチャーの場合であれば、製品開発に中長期の開発期間と資金が必要となる。VCなどの投資家は、製品のプロトタイプができているとか、ある程度の技術優位性が確証されていなければ、投資しないだろう。従って、最初のタネ金を出資してもらうのは、極めて難しいことである。

 

ところが、カーブアウトの場合には、技術あるいは事業そのものが、ある程度確立されているところからスタートができる。従って、技術・事業の成長性が見込める場合には、ファンド(VC、Growth Capital Fund)からの資金調達も可能となる。個人としては基盤となる「事業を購入」し、外部資金を投入し、事業を短期間で急成長させることができる訳である。

 

また、カーブアウトの場合には、組織ごとの「切り出し」となることから、組織開発の部分でも、起業に比べ優位な部分がある。親会社が機能担保していた「管理部門」については、通常、新たに採用を行う必要があるが、それ以外の機能については、既に組織として機能している部分の切り出しとなる。この「超売り手市場」の採用市場の中、起業したアーリーベンチャーに比べ、組織開発の部分においても「ジャンプ・スタート」をきることができるわけである。

 

短期間でIPOをすることができたケースにおいては、経営陣は勿論その企業をより大きくしていくというオプションがある。一方で、どうしてもゼロからイチを作り出すことがしたい、といった志向がある人の場合には、IPOによるアップサイド(金銭的報酬)と「IPOするまでに企業を成長させたという実績」という信用を持って、いわゆる「シリアル・アントレプレナー」として起業をする、という「わらしべ長者」的なキャリアのつくり方をすることも可能となるのである。

 

【カーブアウト型独立のデメリット】

では、キャリア上のデメリットはないのだろうか。

 

ファンドから投資してもらうリスク、はどうだろうか。ファンドは、どこかでキャピタルゲインを確保しなければならないという命題があるため、ある程度の付加価値が創造できたタイミングで、以下のexitオプションを求めるだろう。

  1. IPO
  2. 親会社への売り戻し
  3. 他社への売却

 

れがデメリットとなるとすれば、経営陣が望むより「早い時間軸」でのexitを求められる場合である。経営陣は、もっと設備投資をし、もっとじっくりと事業開発をしたいと思っていたが、ファンドがより短期にexitを求める場合がこのケースであろう。ただ、これは起業してVCが大株主となっているケースでも同様であろう。
また、ファンドと経営陣の戦略の方向性の不一致により、ファンドがガバナンスを強化し、場合によっては新しい経営者の投入を求めてくるケースも考えられる。せっかく「事業を買い、カーブアウトし、一国一城の主となった」と思ったものの、自身では経営ができなくなるパターンである。
但し、これも起業してVCが大株主となるケースにもおき得るケースである。スポンサーとなるファンドの性質にもよるとは言えるが、「事業責任者にコミットメント・リーダーシップ・資質があり、ファンドと二人三脚で事業を成長することのできるに足る人物だと判断するからこそ投資する」といった投資スタイルのファンドであれば、このリスクは回避できる、ということになる。
 
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きれいごとのようではあるが、要は、上述の通り、カーブアウト案件をつくりあげる際に、徹底的に議論・交渉を重ね、「親会社・ファンド・事業責任者」の3者にとって、どのようなWin-win-winな状況を作り上げることができるか、が個人にとっての「カーブアウト型独立」という選択肢を成功させる肝であると言えよう。
 
カーブアウトする事業部門の大きさ、親会社の大きさにもよっても、必要な交渉期間は違うのだと思うが、日本最大級2200億円というウィルコムのカーブアウトのケースでは、カーブアウトが成立するまでに、ナント3年以上の交渉期間が費やされたとのことである。
 
上記を踏まえた上であれば、カーブアウト型独立は、「どうしても世に出したい技術・事業がある」という場合には、十分に検討に値する「キャリア選択肢」なのではないかと思う。日本には、潜在的な成長性を秘めるすばらしい技術を持つ事業でありながら、集中と選択の流れの中で経営資源の投下をされていないノンコア事業もあるのだと思われる。日本からメガ・ベンチャーといわれる企業が誕生するためにも、ぜひカーブアウト型独立がひとつのキャリア選択肢として浸透していくといいな、と思う次第である。
 
グロービス・マネジメント・バンク 代表取締役 岡島悦子

代表プロフィール

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岡島悦子(おかじまえつこ)

プロノバ 代表取締社長/
ユーグレナ 取締役CHRO

経営チーム強化コンサルタント、ヘッドハンター、リーダー育成のプロ。
「日本に"経営のプロ"を増やす」ことをミッションに、経営のプロが育つ機会(場)を創出し続けている。

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